ブログトップ » 屈辱
屈辱
June 13, 2008 10:38 AM | Category: MIND
昔起業したとき、銀行に新規の法人口座開設に行ったときに言われたセリフ、「新規の口座開設はできません。。」
融資ではなく、口座開設です。
純粋に質問しました。
「新規開設できなければ、どうすれば新規の取引ができるんですか?」
初めての取引をした時。
納品後、私が個人事業主と知ると、、
個人事業主とは取引できませんと言ってきました。
純粋に質問しました。
「もう納品は終わっています、納品後の個人と法人でどんな差があるのですか?」
アフターケアや、信頼性に違いがあると。
もちろんごもっとも。
でもそれなら発注前に言ってほしい。
銀行の担当も、納品後土壇場で発注を取り消した会社の担当者名も、まだはっきりと覚えています。
ネクストソリューションズは絶対に個人事業主を馬鹿にしない会社でありたい。
将来その個人は、ネクストソリューションズよりも数倍の規模で、数倍すばらしい仕事をして
たたきつぶされるかもしれない。
でも、それが出来るようになったとき、過去の思い出は敵対心ではなく思い出に変わっているものです。
それが成長
昔、ユーザーになる事も拒否された会社といまは業務提携をしています。
契約を断られた会社に、いまはアドバイスを求められています。
ネクストソリューションズアメリカはまだまだゴミのような会社です。
先日こんな事がありました。
ネクストソリューションズのスタッフ、十数人が全力で取り組んでいるプロジェクト。
そのパートナーの会社に1時間のミーティングのために数時間かけて数人で訪問したときの対応。
受付ではアゴでそっちに行けといわれ、相手の社長はアポイントをすっぽかし、担当者は全員遅刻し、こちらの議題には曖昧なやる気の無い返答。
タクシーのこない場所で、帰りの見送りもなく、Byeと手を振って終わり。
一緒に行ったスタッフに言われました。
「普通アメリカでは、取引が浅くてもこんな対応はされないですよね」
相手の売り上げはネクストの100倍以上。
その通り、これがネクストソリューションズの無力さの現れですよ。
相手にとっては仕事が消えようが、我々が無くなろうが、痛くも痒くもない。
それが現実です。
我々が認めてもらえる規模に成長し、相手に影響力を与えるレベルの良い仕事をするしか変えられないですよ
その答えが真実で正論。
昔はそんなことは日常茶飯事。
自分一人だったら屁でもありません。
でもその屈辱の瞬間、夜中まで頑張った社員の顔が目に浮かんできます。
その屈辱は自分への屈辱じゃないと言う事です。
社長は最後の砦です。
そこで終わればすべて敗北で終わります。
つまり、全員の苦労は水の泡ということです。
現場に戻り、必死に頑張っているスタッフの姿をみると、なんて報告したらいいんだろうと思ってしまいます。
一人で営業していて追い返されるのとは意味が違います。
もちろん、その結果はポジティブに進んでいます。
でも、我々にとってはポジティブでも、相手にとっては、どうでも良くあしらっただけにすぎない現実は変わりません。
完全な人間になりたいと望む人はいますが、完全な人間はこの世にいません。
すばらしい会社にしようと思えば思う程、その至らなさに気づきます。
高い目標であればあるほど、より良くあろうと思えば思う程
自分の至らなさを悟り、間違いの責任を取るべきだと思い、謝罪し、屈辱に見舞われる。
でも、すぐ立ち直ることができます。
何が自分を癒してくれるかを知っているからです。
「チェンジ」し「チャレンジ」するとき、新しい事に挑戦する時ほど、心の傷を癒してくれるものはありません。
新しいアドレナリンが溢れてくる挑戦は、うじうじする暇もなく、悩む暇もなく、すべてを癒し始めます。
暇な時、暇な人、何か問題があれば思考が止まる人。
そんな人はネガティブに突き進みます。
毎日が忙しく、新たな挑戦をしていると、新たな情報が必要になり、オープンにならざるを得なく、人の話を積極的に聞き
ネガティブの領域をポジティブが支配しはじめます。
次々とポジティブになり、屈辱や失望や絶望が、新しいゴールや目的や夢で満たされます。
世界には大勢の人がいます。
世界には競争があり勝者がおり、敗者が居ます。
前に行く人、ついて行く人、ついて行けない人、他人をしのぐひと。
ただラッキーな人、アンラッキーな人、アンフェアな人。
これらすべては変えられません。
でもどんな時にも学べる大切な事があります。
我々の受けた屈辱を自分より弱き物に返してはならない

















PREVIOUS